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2話目です。
夏川理人 九条翡翠が失踪したのは3年前、1週間ほど留守にすると言い、そしてメモを残してふっつり姿が消えた。 琥珀に状況を聞いても、小旅行にでも行くかのごとく小さなバッグ、そしていつものように琥珀の頭を撫でて出て行ったらしい・・・。 その後の消息、その他一切不明、家族・親戚・友人全てに連絡もなし、弟宛に不可思議な伝言を残して、彼は世界から消えた。 琥珀の目は相変わらず少しばかり空ろに見える。きっと本人にそんな自覚は無いだろう が、見ていれば見ているほど、光が失われ、そして一瞬舞い戻る。 危なっかしいことこの上ない。 「行こう、早くしないと日が暮れるよ。」 「そうだな。」 彼は家、いや屋敷の中に入っていった。朽ちた木戸を慎重に剥がす白い指先は震えを押さえ切れていない。確かに朽ちた家だ・・・だが、なぜ日が暮れると危なく、琥珀はここまで震えているのだろう。 何かあるのか? いや、ただ朽ちて足元が危ないのかもしれない・・・。 キィっと引かれた木戸はぼろぼろ崩れ落ちてしまった。 「あ・・・。」 「大丈夫だ、とりあえず・・そうだな、庭をぐるっと回ろう。」 「うん。」 日本家屋は本来、垣根が低くそのまま立っていれば、成人男性が顔を出せる程の高さしかないはずなのだが・・・どうだろう、この家は? 漆喰で堆く作り上げられた塀、2m以上はある其処には俺でも塀の頂点に手をつく事はできない。琥珀は見上げた時点で諦めてしまった。 「高い塀だな・・・。」 「うん、そうだね・・・。」 漆喰の塀に手をつくとひんやりした感触がある。6月、湿気の多い季節で蒸し暑い筈だというのに・・・じっとり纏わりつく霧が・・・。 「ひゃ!」 「どうした?」 「今首筋に・・・冷たいのが・・・。」 「霧だ、気にするな。」 「そうなの?」 ひんやりした『霧』、俺の背中にも張り付いているが、俺は気にしないようにした。ここで年上の俺が騒ぎ立てれば、琥珀が怯える。 ここに何があるのか知らないが、少なくとも懐かしく喜ばしい思い出ばかりではなさそうだ。 「向こうにあるの、何かな?」 玉砂利を埋め込んだ小道を進むと、そのまま一直線に向こう側の塀、屋敷のどん詰まりが見える。琥珀が指差す場所にあるのは、おそらく橋ではなかろうか? 少しだけせせらぎが聞こえる。 「橋だろう、川があるんじゃないのか?」 俺は琥珀の右手をつかんで橋へ向かった。通り過ぎる屋敷の壁面、障子や縁側を見るとずいぶん草臥れてぼろぼろになっている。住人のいない家は朽ちるのも早い。 琥珀の正確な年齢を聞いて無いが、小学校に入る前に引っ越したのならば恐らく十年以上が経過しているに違いない。十年以上経った家に手がかりなど残ってはいないだろうから、橋を見たらいったん引き返すのが良いだろう。 とりあえずは少し見回ろう。 ぐんぐん川に近づく、せせらぎも大きく大きくなる。 「な!」 「川・・・?」 「川だったんだろうなあ・・・・」 確かに橋はあった。途中が朽ち、真ん中に大穴が開いた橋の下には先ほど聞いたせせらぎの欠片も見出せない程、干上がった川の痕がある。 空耳だろうか? それとも橋があり、そして写真の風景からきっと川があると思ったのだろか? チョロチョロチョロ 「ん?」 確かにせせらぎが聞こえ・・・その場所には確かに川が生まれていた。赤い、赤い川、 どろりとしたそれと、鼻の奥に来る鉄の匂い 「うわぁ!」 「理人?」 「あ・・・?」 瞬きをすれば、其処はただの川の名残でしかない・・・・。 おかしい、俺が、おかしくなったのだろうか? 「どうしたの?」 「い、いやぁ・・・なんでもない、今日はもう遅いし、どこかビジネスホテルでも泊まらないと・・・。」 「え?調べないの?」 「今からじゃあ無理だよ、暗くなる、急いだ方がいい、急いで此処から出た方がいい・・・。」 納得がいかない様子で橋の残骸を振り返る琥珀の腕を、先ほどよりも強く強く引き、俺たちは入り口へ戻った。 早く、早くあの木戸へ向かわないと! 俺の中で警鐘がけたたましく鳴り響いてる。 しかし、警鐘だけでは無駄なのだ・・・・。それは、今の状態で十分納得した。 「おい、木戸は何処へ行ったんだ?」 「さあ?」 「さあ、じゃあ困るな・・・・。」 琥珀は呆然と漆喰の壁を見上げる。しかし埒が明かなくなったのか、自分が崩した木戸の破片を拾い上げもてあそび、俺ははまるで空洞でも探すかのようにノックするが、当然何も出てこない。 まるで其処ははじめから唯の塀であったかのように、黒ずんだ色を変えようとはしない。 「お手上げだ、橋の方から横へ抜けよう、この最ここは後回しだ。」 「何で入り口が消えるの?」 「わからん・・・とにかく、道具は殆ど車の中なんだ、此処をいったん出ないことにはなんともならない。」 俺はあくまで冷静に言い放つが、自分まではごまかせない、ほら、今、声が上ずった。琥珀の目はじいっと壁を見つめるだけだ・・・。 落ち着いているようにも見える。琥珀の視線を追うが、呆然としているのか、落ち着いているのかは図り取れない。 不気味だ・・・・。子供のように取り乱すわけでも、女のようにヒステリックに叫ぶ出すわけでもない。振り向いた彼の眼は、空ろながら不気味な程に落ち着いている。 「橋に行くんでしょ?早く行こう」 「あ、ああ・・・・。」 ようやく視線を琥珀から外すが、その大きな目で俺を見つめ、ふわりと、この状況で焦る俺の意図など関係ないかのように柔らかく微笑んだ。 何を考えている?この状況で彼は何を感じる? いいや・・・・考えなければならない、ここから出る方法を! 「琥珀、この家は前から・・・その、出入り口が消えたりするのかい?」 「そんな・・・覚えてないけど、でも・・・そんな事『有り得ない』でしょ?少なくとも俺の常識では有り得ない。」 「そうだよな、でもなんで・・・。」 「此処を出てからでいいじゃない、ね?」 「そうなんだが・・・。」 「あ・・・・。」 常識では有り得ない、そうだ、しかし、現に『有り得ない事が起こっている』場合はどうするべきだ?落ち着け、落ち着け! 深呼吸をして左側にいる彼を見ると、琥珀はふわりと笑い、途端に眉を寄せ、悲しそうに視線を逸らす。 彼の視線の先には、大きな枯れ木・・・・枯れ木には何かがぶれるように映っている。 桜の木、すでに散り始めた花を枝ごと集める少年。 くしゃくしゃの髪を花びらだらけにして、一枝、また一枝・・・両手に持ちきれない程の サクラ桜さくら・・・・。 『・・・・ちゃーん、僕も、僕ものぼる・・・』 『危ないから駄目だよ』 『だいじょうぶ・・・が・・・・・だも・・・』 『・・・・め、なら・・・が』 「琥珀、あ、あれは・・・?」 「!え?あ、ああ・・・橋に行くんだよね、うん」 「いや、その前に・・・今の風景は・・・・?」 「あの木?・・・あれは桜の木、あの木に、昔のぼりたがってたなあって、その度に叱られて・・・」 「どこに?」 「え?今そこに・・・・ない・・・ね」 琥珀が指差す先には、ただ雑草の生い茂った空間があるのみだった。切り株すら傍目には見えない。 何度も瞬きをしても、残層すら現れることは無かった。 残像は無いが、俺は確かに見た。 後ろ姿の子供と、桜の枝を折る少年を・・・・。 幻覚だと言い聞かせるために頭を2・3度振り、何でも良いから琥珀と会話しようと思った。一人では駄目だ、一人ではこんな空間耐えられるわけは無い! 「変な場所だ・・・っと、すまん。」 「え?」 「一応琥珀の実家だしな。」 「気にしなくて良いよ、俺も・・・変だと思うから。」 「だがな、変で済んで欲しくないんだ・・・。」 ふと気づくと琥珀の目には光が戻っている。幻覚を見た直後、俺が声をかけて意識を呼び覚ます時が一番正常に近いらしい。ゆっくり、そのままゆっくり彼の意識は凶器の側へ向かっているようで、とてつもなく不安になる。 幻覚を見て、何故平気でいられる? 「あ・・・。」 「畜生!俺たちをここから出さない気か!」 ぐしゃぐしゃに頭をかき毟り、力を入れすぎた指先は白く血の気が無い。 橋も、それに続くはずの裏門も見事に消えていた。 「どうして・・・?」 こつこつ 力なく壁をたたく琥珀にも理由は判らないようだ。判らないが『消えている』のだから仕方が無い。橋と其処に続くはずの裏口は真っ白な漆喰で塗りつくされていた。 腕を伸ばしても高い高い塀には届かず、周りを見渡しても登れる木も無い、ロープも無い・・・・。 すぐそばに、夕焼けで真っ赤に染まった空が見えているのに、閉じ込められてしまったのだ。 「畜生!なんでだよ!」 「ごめん・・・。」 「あ?」 「ごめん、俺一人で来るはずだったのに・・・理人まで・・・。」 「ああ、違う、俺が来るって言ったんだよ、琥珀は悪くない、俺こそ、悪い、取り乱した。」 「ううん・・・ねえ、懐中電灯だけ持ってる?」 「ああ、一応な・・・よし、玄関に行って見るか?最悪一晩過ごせそうな部屋があればいいんだ。」 「うん、理人・・・。」 「あ?」 ごめんね 口の形でそう伝えると、琥珀は横に並んで玄関まで歩き出した。一歩進む毎に着々と日は落ちいっそう霧は濃くなる。玄関へ着く前に先ほど通った庭とは反対の部分、壁が近くにあるのでたいした隙間は無さそうだが、その部分に近づき、漆喰の壁にゆっくり右手を着き、右目だけでその隙間を伺う。 「何も無いね、向こうが見えるだけ」 琥珀がほっと息を吐いたのを確認して、俺もゆっくりその隙間を覗く。壁と壁の間は50cm前後しかなく、大人は横にならねば通れないほどの狭さ、こんな広い土地で中途半端な構造だ、庭の方は十分に余裕があるというのに・・・。 子供なら通れそうなその隙間には、人も動物もなんの気配もしない。 「そうだな・・・・?」 「ん?誰かいる!!理人!あれ!」 「女の子?」 先ほどまで確かに気配も、陰も無かった場所に、透き通る程白い肌の少女が、隙間で小さな小さな鞠をついている。市松人形のような黒髪のおかっぱ頭、目が痛くなるほど鮮やかな緑色の着物・・・ 狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い 暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い 狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い 暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い 狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い狭い 暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い そんな隙間で何も気に留めずに、少女は歌を口ずさみ、俺達に背を向けたまま鞠つきをしている。 『てんてんてんてん、金の鞠、銀の鞠、どれをあげよか てんてんてんてん、わたしゃそれより他のが欲しい てんてんてんてん、何の鞠がよかろうか てんてんてんてん、夜光の鞠が欲しい てんてんてんてん、夜光のはやれん てんてんてんてんてんてんてん、じゃあ、お前の鞠をおくれ・・・・』 「っひ!!!」 『きゃはははははははははははは』 不気味な歌を振り向いた少女の右目は、暗い色をしていた。いや、瞳があるべき場所がぽっかり開いていたのだ、そこから蛆がはみ出し、もう片方の目には鮮やかな緋色が乗っている。 血まみれの左目・・・・空洞の右目 「な、んんああ!」 『頂戴、その鞠おくれ・・・。』 「ひ、よ、よるな!」 少女の手の中にある『鞠』は真っ黒・・・鞠に何か『長いもの』が尾を引いているが、顔の真前まで近寄られた琥珀は取り乱し、乱暴に両手を振ることしかできない。やがて少女の左手が琥珀の顔に到達っし、その指先がずるり、とまるで顔にねじ込むように沈む。 「こら!」 『きゃはははははははは!ねえ、頂戴、お前の綺麗な綺麗な琥珀色の鞠を頂戴!』 「い、いやだ!」 「琥珀、こっちだ!」 触ることもできない少女を何度ぶっても同じことだ、埒の明かないことにようやく気づいた俺は、琥珀の体を無理やり玄関まで引き、その中に押し入れる。少女も続くが強引に玄関の引き戸を閉めると、その追撃はぴたりと止まった。 しかし、『声』はまだ聞こえる。 微かだが、脳に響き、耳鳴りを起こさせる。 『駄目よ、鞠遊びはお外でしなきゃいけないのよ。』 耳を両手でふさぐが、襲われかかった琥珀には俺以上の恐怖があるようだ。 すすり泣き、必死に眼も耳もふさぐ。 「や、やだ!やだやだやだやだ」 「琥珀、大丈夫だ、もうこない、外に出なきゃ大丈夫だ!」 「やだ・・・・。」 「大丈夫だから!」 「ほんとう?」 「ああ・・・・。」 九条琥珀 少女の声は確かに消えていた、だけど、あの顔に指が沈み込むような感触が・・・どうにも薄気味悪い、気持ち悪い、眼鏡を外して何度も何度も目の周りをこする、段々痛くなるがそんな事より、今この不気味な感触を拭い去れればいいのだ。 「もうよせ、赤くってる・・・。」 理人がゆっくり右目の周りを拭うと、ようやく落ち着いてきた。はぁ、っと息を吐く。2・3度目を瞬かせ、今度こそ盛大に崩れ落ちた。 足が竦む、指先に力が入らない・・・・。 小刻みに歯が震え、カチカチと嫌な音が脳みそに響く。 どうして? なんで女の子は、俺の方に? 眼が・・・、『鞠』が欲しいと言いながら、俺の眼を・・・。 髪をかき乱しながら顔を上げる、こんな場所、もう・・・・。 「もう、もう嫌だよぉ・・・・」 「琥珀?」 「後ろ、もうやだ、やだ・・・」 振り返って玄関を見る理人、俺、もう嫌だ、これはないだろう・・・! どうして? 「又か・・・・どうしてこの家の出入り口は消えるんだ!」 玄関の引き戸は綺麗さっぱり消えていた。まるで其処に何も無かったかのように・・・。元々一枚の壁が有るかのごとく、他の部分と違和感が無い。 白く塗られた、壁・・・。 「やだよぉ、ごめんね、ごめんね、理人、ごめん・・・・。」 泣く以外に方法も見つからない、理人を巻き込む気なんてなかったのに、何で入り口という入り口は消える? 擦り過ぎた眼の下は、涙にも焼かれヒリヒリと痛みを訴える。痛み以上に、心が苦しい・・・いっそ、この壁を殴って破壊してしまおうか?血が滲むまで殴れば穴くらい開くかもしれない。 だけど理人は深呼吸をして、俺の頬を軽くはたくと、俺を立ち上がらせた。 「しっかりしろ、お兄さん探すんだろう?一緒に暮らすんだろう?」 「う・・・・ん。」 「じゃあ、泣いても良いけど先へ進むぞ、いいな?」 「進む・・・。」 「そうだ、とりあえず1階をぐるっと回ってみよう。」 「うん・・・。」 不器用なウインクと共に俺の背中をはたく。進む、そうだ、泣いていたって誰も助けに来てくれないし、何も出てこない・・・。ふらふらと理人に寄り掛かかって、ようやく立ち上がる、深呼吸をして回りを見渡す。過去、住んでいた筈の家・・・。何が起こっているか理解に苦しむが、確かに俺はここに『住んで』いた。 玄関から又も一直線に突き当たりの壁が見える、どうやら複雑な構造ではないらしい。出入り口だった場所に背を向けて立つと、左手に階段右手には短い廊下と襖で仕切られたいくつかの部屋、正面は壁・・・。 いや、壁と右手の部屋の間に陰影が見える。おそらく水場があるのだろう、その先はもう何も見えない。 「懐中電灯だけはあってよかったな。」 「うん・・・。」 理人が明かりを灯し、先々を照らすが、廊下の突き当たりを見ても何もない。 住んでいたはずなのに、家の構造に何も覚えが無い、いや、ぼんやりとした部分は少しだけ思い出にあるにはあるが、細かい部分は思い出せない。 いや、十年以上も離れていれば、それが普通なのかもしれない。蝉の『泣き声』、夏の日、暑い、暑い・・・・。 「行くか。」 「・・・・うん。」 俺達は言葉すくなに右手の短い廊下に足をかける。 ぎぃ 1歩 ぎぃ 1歩 古びた木が足の裏に頼りない感触を残し、押し殺した悲鳴のように鳴り響く。 「ぎーぎーうるさいな、これは。」 「・・・うん。」 「琥珀?」 短い廊下を進むとそのまた右手になる部分、丁度玄関があった方角に広い開口部が見える。別段不思議でない造りだが、俺には不思議に思えた。 明るい まるで庭から夏の日差が降り注いでいるようだ。 みーんみんみんみんみんみん、みーんみんみんみんみんみん・・・・・ 蝉が『泣いて』いる 『みーんみんみんみんみんみん・・・・』 『みーん・・・・・ーん』 『何で、泣いてるの?』 『仲間が欲しいからだよ。』 『なかま・・・?』 『そう、でも、琥珀には関係ない。』 『ないの?』 『だって・・・の子は・・・・の・・・。』 『にいさん?』 「琥珀?」 「兄さん!」 その場所には壁しかない。 何処へ?いま兄さんが居た!子供の頃の、兄さんが・・・。 窓が、ここに窓があったんだ! 消えてしまったけど、窓が・・・・、あったのに・・・。兄さんが、居たのに・・・。 「琥珀、どうした?」 「いま窓が!すごく光って明るくて・・・夏みたいに日差しが・・・・俺と兄さんがいて・・・・・あれ?」 「壁だよ、ここも・・・ひょっとしたら障子があったのかもしれないけど」 「あれ・・・・?誰?泣いてたの、仲間が欲しいって・・・蝉が、うるさくて・・・蝉が、仲間をほしがって・・・。」 「落ち着け、何を見たんだ?」 「夏の日で・・・・。」 息を1回だけっはっと吐き出すと、自分自身にも今見たものは過去の記憶ではないかと思えた。過去に、こんな会話をしたのかもしれない・・・。 夏の日に、この家に居た。蝉の『泣き声』を聞いていた。生まれてからずっとずっと・・・。 ずっと?冬には無いはずのそれを? 「ごめん、昔の事とごっちゃになってるみたい」 「ならいいんだが・・・」 そう、昔のことだ、昔だから冬にも蝉の声を聞いた気になってるだけだ。過去が、ごちゃ混ぜになっているだけだ・・・。 無精ひげをなで、理人は一応納得したようだ。下を向いて頭を振っている俺は足元で蠢く湿気に身震いしていた。ここに閉じ込められてからか、それとも初めからか・・・足が思うように動かない、頭も・・・まるで、霞がかかった様に要らない事ばかり考えてしまう。 閉じ込められた。 出られない。 待つのは。 ―死?
by doitou
| 2006-09-27 18:43
| 小説:長編
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