楼閣


些細な日記とオリジナルの和風ホラー小説の公開
by doitou
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琥珀楼

昔書いた和風ホラー(?)小説です。
なにぶんつたなくお恥ずかしい。





追いかけて追いかけて、追いかけている筈なのに、どうしても追いつけない。
背中だけが遠く遠く遠く遠く・・・。
やがて疲れ果てた足で、その場に蹲り、誰も手を差し伸べることなく、意識だけが遠くなってゆくそれは、まさに人生の縮図のようだ。

(だれの?だれの縮図?)

眼を開けても、自分ひとり。
誰かが居たはずなのに、思い出せず、また一日が始まり終わる。


『一週間ほど留守にするよ』
兄がそう言ったのは、もう三年も前。
一週間たっても二週間たっても兄は帰ってこなかった。三週間後には警察に届を出したが、成人男性の家出などろくに取り合ってくれず、兄は失踪した。それが世間・家族・そして俺以外の常識だった。
そして、兄が失踪して三年後の今、交通事故で両親が死んだ。遺産の配分がどうのこうのという話が当然のように出るが、俺は別にどうでもよかった。それでも、お節介な親戚連中は
『お兄さんはもう失踪したまま帰ってこないんだろう?法的な手続きをとって全部受け取っておきなさい、なあに、後継人には私がなってあげるよ』
何度も何度も俺にこう囁く。
難しい法律の本をひっくり返し、弁護士に何度も説明をしてもらったが、わからない事はすべて弁護士に任せてる事にした。

「俺にはやることがあるから・・・。」

弁護士にそう告げて、家から一番近い探偵事務所に飛び込んだ。

『夏川探偵事務所』
・人探し、ペットの捜索
・素行調査、各種承ります
・料金:時価



夏川理人

「兄を探して欲しいんです」

いきなりドアを開けたのは、長めの髪がよく似合う青年だった。いや、眼鏡の奥で息づいている表情はまだまだ少年でも通るだろう。
そんな子供相手では、アポなしで来たことを責めるわけにもいかず、とりあえず珈琲を出して・・・・話を聞くことにしたのは、きっと彼の目が少し虚ろだった所為だと思う。
虚ろな、名前と同じ・・・琥珀色の瞳・・・。
瞬きをする度に、ふっと光彩が変わる、猫のような瞳・・・。

「夏川さん?」

名前を呼ばれて我に帰る、彼の瞳は虚ろのままだが、子供のような顔の造りに似つかわしくない微笑を湛えて俺を見つめる。

「ああ、すまない・・・っと、じゃあ、ご両親が亡くなって、遺産の相続の話になった、そしてお兄さんを探そうと思ったんだね?」
「はい、元々ふらふらと一・二週間帰らないことなんてザラでした。だから両親も当初はそんなに心配していなかったんですけど・・・」
「何年帰ってないんだい?」
「・・・・・・・・・・三年です。」

彼、九条琥珀と名乗った少年は、兄を探して欲しいらしい。
正直に言おう、どんなネットワークを駆使しても三年前の行方不明者で手がかり無し、これでは探すのは無理だ。
死亡したときに身分証明になる物を持っていれば、家族に連絡が入る。なければ無いで、遺体の調査が行われ、それで粗方分かってしまう。
今はネット上で身元不明の遺体の検索まで出来てしまう世の中だが、個人の力には限界がある。

「まあ、その状況を考えるに・・・君のお兄さんは『見えるように』死んではいない」
「え?」
「遺体が発見されない、そう、細切れになって海にでも撒かれていたり、人知れず山中に埋められていたりすれば、それは見えない死だ。」

虚ろながらも少々、眉の根元が寄った。それはそうだろう、この話し方では「君のお兄さんは殺されました」と言ってるような物だ。

「見えない死の場合、探すのは非常に困難だ。交友関係を1件ずつ洗い、物取りの犯行でないか、交通事故の隠蔽でないかを調査する。ぶっちゃて言えば警察の範疇だね。そして、死ではない、要するに生きている場合はもっと厄介だ、生きている人間は動く、それも三年経っていれば顔つきも変わる、彼はその三年で別の人生を歩んでいるんだ。
悪いことは言わない、新聞に捜索記事でも載せてもらって・・・・」
「それを、それを探すのがあなたの仕事でしょ?」

それはそうなのだが、人探しほど経費も時間もかかって面倒な仕事はない。しかも必ず結果が出るとは限らず、依頼人に逆切れされて報酬なしなんて場合もあるのだ。こっちは所長だけと言っても過言ではない状況で、カツカツの経営状態・・・・。
やはり無理だ、彼には諦めて貰おう。

「兄は生きています、お願いです、探して、探して・・・」
「九条君、だったよね?いいかい、多分どこへ行っても、かなり高額な依頼料をとられるし、確実に結果が出るとは言えないんだ。」
「それは・・・・」
「だからね、もし本当に探す気があるのなら・・・大きな探偵事務所へ行った方が良い、それに今はインターネットでも依頼料の見積もりをしてもらえるよ。
生年月日 、身長、体重、その他身体的な特徴、本籍や戸籍、行方不明以前の住所や電話番号、勤務先の情報 、所有車両の車種、ナンバー 、それに失踪直前の写真、これくらいそろえれば、一応依頼は受けてくれるはずだ。」

「・・・・あの、夏川さん」
「ん?」

彼はぎゅっと自分の手を握り締め、俯いた。泣いているのかもしれない。現実に探偵に頼めば何とかなると思っていたのだろうか?
いや、恐らく誰かに相談したという、自分自身への安心が欲しいのだろう。

「ここでは、調べてもらえないんですか?」
「難しいね・・・個人でやってる事務所なんでねぇ、長期の出張になると経費もかさむし・・・必要経費をギリギリに抑えても、ビジネスホテル一泊で五千円が最低ライン、それに移動費、旅先での飲食代、それに上乗せしての報酬、払える?」
「あ・・・・」

ぎゅっとひざの上で握られた手は、白く色を失っていた。世の中、そう単純には出来ていないのだ・・・・。相続する遺産がどれ程の物か知らないが、この年では無理な話だろう。

「じゃあ、1個だけ、1個だけ調べてください・・・・」

しかし、彼は予想に反して『手がかり』を持っていた。
1枚の少し色褪せた子供と少年の写真、その裏に書かれた、癖のある文字。
捻じ曲がったそれを、安い蛍光灯に透かし見れば、

『私が私でなくなったら、私はそこで終わりです。
 君は後を追ってはいけません。
 だけど心配性の君の為に一つだけ置いて行きます。
 この思い出は忘れるべき物です。私と一緒に封印してください。 翡翠』

詩というか、散文というか・・・。

「この文章だと、遺書にも見えるけど、これは君とお兄さんの字かな?」
「字は確実に兄のです。・・・でもその写真をとった覚えはない、です」
「ああ、敬語は無理に使わなくてもいいから」
「はい・・・この写真、多分5歳くらいの頃だと思うん、です。年号が入ってるし・・・。俺、小学校に入学する前にこっちの方きた筈だから。ちょっと記憶が曖昧なんだけど。でも、とった覚えはないん、です」
「そうか・・・これは、自宅かな?」

写真には、少年と子供が仲良く写っている。大きなバケツを一生懸命に持つ子供、竿と網を誇らしげに掲げる少年、川で魚でも取って来たのだろう。
夏休みに田舎に両親と帰ったときの風景、そんな情景がぴったりと当てはまる。何の違和感も感じない写真、写りこむ風景に門扉が見えた。残念な事に、それに表札は写り込んでいない。

「多分・・・子供のころ住んでたか、田舎に行ったときに・・・・」
「この場所が判ればいいのか?」
「できるん、ですか?」
「なあに簡単さ、これが昔住んでた家だって言うなら転居届が出てる筈だろう?
君の戸籍謄本を発行してもらえばそれで済む。君もそこに居住していたんだしね。相続関係のときに見なかったかなそういうの?
仮に両親どちらかの田舎だったりしたら、本籍地を調べればいいんだ。こっちは変更してなければだけどね。」

彼は一瞬ふわりと微笑み、すぐさま立ち上がった。
酷く、酷く虜惑的な笑みで・・・・琥珀色の瞳に魅入られる・・・。
ゆらりと、夢遊病患者のように、緩慢な動作で礼をする。

「書類は殆ど弁護士さんに任せたんで、よく目を通してなかったんですけど。
ありがとうございます、弁護士さんの所に行って調べてみます。」
「ああ、がんばって」

その台詞だけで終わりの筈だったのだが・・・。自分で事務所を持って探偵になろう、ってなことを実行しちまった俺は、この不可思議な文字と写真に魅入られてしまったようだ。

「もし、この写真の場所に行くって言うんだったら、付き合うよ」
「え?」

彼の瞳は大きく見開かれる、まるで魅了するように・・・。いや、黒髪とアンバランスな、その名と同じ琥珀色の虚ろな瞳に、最初から魅入られていたのかもしれない。

「でも、お仕事が・・・。」

そうだ、なにを考えているんだ俺は?この場所に行くまでにどれだけ時間がかかるか分からない、報酬なんてあるわけも無い、そして・・・手がかりすらないだろう。
そんな予測が簡単に立つと言うのに、俺の脳みその熱い部分が、この依頼に首を突っ込みたくて仕方がなくなっている。

「仕事じゃない、少し知りたくなってな・・・。」

考える時の癖だろうか?彼は口元に指を持って行き、少ししてあの虜惑的な微笑を覗かせた。

「よろしくお願いします、一人じゃ不安ですし・・・・夏川さん?」
「ああ、いや、理人でいいよ、よろしく九条君」
「俺も琥珀でいいですよ」

琥珀の中にはよく蟲が閉じ込められている、彼の瞳の奥には、ひょっとしたら酷く淫靡な毒蟲がいるのかもしれない。蠢く蠢く、眼鏡の奥に追い遣られた大きな瞳。


九条琥珀

探偵というのは変わった人しかなれないのだろうか?
アポイントもなしで飛び込んだのに丁寧に対応してくれ、そのうえ色々助言をくれた理人(呼んで良いと言ったので、素直に甘えておこう)は、今も荷物のチェックに余念が無い。
好奇心だと言ったけれど、俺の実家に行くのにそんな大げさな準備が必要なのだろうか?懐中電灯なんて3種類も用意してある。
強力な明かりだけど1時間しか持たないもの、そこそこの光量で電池さえあれば何十時間も持つ上に頭にも付けれるもの、極小で手の中に隠れるもの(これもすごく明るい)
確かに実家(戸籍抄本を見れば直ぐに住所は見つかった)は結構な田舎であり、引っ越してから他人が住んでいるという話も無いようなので、中に入ればそれなりに必要な物は出てくると思うが、これでは用意ではなく装備だと思う。
食料にナイフや固形燃料、彼はこれからサバイバルにでも出かける気だろうか?

「お待たせ、琥珀はそれだけでいいのかい?」
「え?・・・・うん、大丈夫だと思う」

俺は、財布に何着かの衣類と携帯電話、お守り代わりの兄の写真と手帳とデジカメ・・・こまごました品は多いが旅行に行く時の用意とそう変わらない。
理人が何故ここまで奮い立つのか疑問で仕方ない。しかし彼は事務所の駐車場に置いてある年季の入った車に荷物を詰め込むと、俺を助手席へ誘った。
車で六時間も走れば着くという、その実家・・・俺はあんまり、いやほとんど覚えていない。曖昧と言うよりすっぽり抜け落ちているような感覚だ。
みーんみんみんみんみんみんみんみん
蝉の声だけを思い出す。
写真には網を掲げる兄の姿があったから、ひょっとしたら魚も取ったかもしれない。有る筈の水辺の感覚、両親の声、兄の声、全てかき消すようにただただた蝉の『泣き声』だけが耳に残る。
遠く遠く
みーんみんみんみんみんみんみんみんみん

「さあ、出発だ」
「あ・・・運転任せて大丈夫?」
「平気平気、それとも運転してくれるのかい?」
「・・・運転したこと無い・・・・」
「・・・ゆっくりしててくれ。」

理人は無精ひげを撫でると、キーをまわし、アクセルをぐっと踏み込む、湿気の多い町をおんぼろ車は颯爽と駆け抜けていった。

「ふう・・・。」

窓を開けて空気を入れ替えると、理人のもしゃもしゃっとした癖毛が風に靡けないで悪戦苦闘している。少しおかしい、兄さんはこれより酷い癖毛で風が吹くたび絡まって、だまができている時さえあった。
そんな些細な事は思い出せるのに、子供の頃の記憶は曖昧で仕方ない。頭が良い訳ではないけれど、ここまでくると、子供の頃の俺は、もしやそうとうに馬鹿だったのではないか?とさえ思えてくる。

「『私が私でなくなったら、私はそこで終わりです。
 君は後を追ってはいけません。
 だけど心配性の君の為に一つだけ置いて行きます。
 この思い出は忘れるべき物です。私と一緒に封印してください。』 ・・・・か。」
「翡翠さんの言葉?」
「うん・・・何なのかなあ、これ。」
「さてねぇ・・・琥珀はどうしてお兄さん、翡翠さんが死んでいないと思うんだい?」
「え?だって・・・。」

だって死んだ気がしないのだ、飄々とした彼はまだ生きていて、ひょっとしたらこの実家でこっそり暮らしているかもしれない、そんな想像さえしてしまう。
俺自身がそう思いたいだけかも知れない、兄さんが居なくなったら、もう死んでいたとしたら・・・。近しい血縁者は誰も居なくなる、そう、一人になって・・・・しまう・・・・から・・・・・。

「だって?正直、こんなメモ残されていなくなったら、俺だったら自殺を疑うよ、じゃなきゃ誰かに脅されたかだ。」
「死んだ気がしない・・・・から?」

理人の質問は的確に俺の胸をえぐる。
分かってる、この文面だけを見れば兄さんは、覚悟の失踪に違いない・・・俺がこれを見つけたのは、兄さんの部屋を掃除しに入った時だ。机の上に無造作に置かれていたそれ、三年間見続けて・・・端のほうなど擦り切れている、その覚えの無い写真。
見れば見るほど不思議で仕方ない。何故、三年間1度もこの写真に関する記憶が浮かび上がってこないのか?
自分で都合のいい様に改変した記憶すら出てこないなんて・・・。
『私と一緒に封印してください。』
俺の記憶も封印されているのだろうか?
誰が?
何のために?

「じゃあ質問を変えよう、どうして三年もたってから探す気になったんだい?」
「それは・・・・。」
「それは?」

それは、兄がいなくなって、両親が死んだから・・・。理人は前を見つめて俺の表情など気にしていない様だから、俺も窓の外を見ながら答えた。

「一人になりたくないから、かな?」

こんな事で泣きたくない、自分のことを不幸だなんて思いたくないから、唇をかみ締める。結局両親の死に目にも会えず終いで、そんなときに慰めてくれるはずの兄さんも居ない・・・。ゆっくり写真を撫で、兄さんがいた頃の家を思い出す。
飄々として要領のいい兄さん、年が離れていた所為か俺にやたらと甘くて、母さんによく『お兄ちゃんというより、お父さんみたいね』と言われていた。
父は仕事仕事という人間だったので、本当に父以上に兄さんは父だったように思う。しかし、俺が成長するにつれ、彼は家を空けることが多くなった。
この年でいつまでも兄さんにくっつくことも無い、兄さんだって付き合いがあるのだと判ってはいたが、寂しさは否めなかった。
癖のある髪の毛と、ひょろりと高い背・・・詩の様な、散文のようなことを呟いて俺のことを煙に巻いていた、妙な人・・・・。
少し・・・・。
ほんの少し理人と似ている・・・。
『だね・・・・。』
「あ?」
「ん?どうした、琥珀。」
『・・・・・の・・・目は・・・・だね・・・・・吸い・・・・。』
「何か・・・えっと、やっぱり・・・うん、なんだったんだろう・・・・・?」

少しだけ頭痛がした、でも次の瞬間には遠ざかる。
記憶の中で確かに兄さんが笑いながら喋っていたというのに。

「でも、なんでご両親はお兄さんを探さなかったのかな?」
「え?」

あ、急に話題が変わっていたのか、いや、変わっていないのか???
両親の顔・・・確かに最近まで一緒に暮らしていたはずの、顔・・・。

「なんでだろう・・・兄さんが居なくなってから、両親もまるで初めから兄さんが居なかったみたいに振舞うから・・・。
忘れたがってたのかもしれないけど、そんな両親前にして、兄さんを探すとかはいえなくて・・・・。」
「で、この機会にってか」
「うん、俺、多くは望んでないから・・・もう一度兄さんに会って、できれば家族で暮らしたいなって、それだけ・・・。」

そう、俺が望むのはそれだけ・・・なぜ探さなかったんだろう?
なぜ今になって・・・・。
母さん、父さん・・・・兄さんが居ないんだよ・・・・・?
どうして、そんなに平気なの?
平気じゃなくても、探そうともしないのは、何故?

「見つかるといいな、手がかりだけでも。」
「うん。」

見つかるといいな、あの家で・・・・。
あの?そんなに記憶も無いくせに、何を懐かしがっているのだろう、俺は・・・。
それから六時間はとりとめも無く、カーラジオの音声や、微かにかわされる会話だけになった。
九条翡翠
彼は今どうしているのだろう?
たった一人。
たった一人になってしまった。
俺の家族。

ざぁざぁざぁ
みーんみんみんみんみん
木立が揺れる音、蝉の『泣き声』目に付き刺さるような
強い強い、日差し

「おい、おい琥珀、ついたぞ。」
「あ・・・ごめん、寝てた・・・。」

あわてて眼をこすると、少し疲れた理人の顔が目に入った。もう陽射しは傾きかけて、あれだけ眼を焼いていた光は何処にも無い。
夕焼けが優しく柔らかい光を贈る。

「いや気にするな・・・大丈夫か?」
「うん??まだ夕方前だよね?」

休憩を挟みながら運転していたので、朝から出発しても結局この時間になってしまった。携帯で確認すれば、午後四時の表示が踊っている。

「ああ、ちょっとまて、車を止める。」
「はあい。」

いかにも田舎の砂利道といった風情の道路脇へ車を止め、外に出ると俺と理人は盛大に伸びをした。座りすぎでお尻が痛い。理人は俺よりも一回り体格が良いから、狭い車の中は大変なんじゃないだろうか?
案の定、ぽきぽき体中をならす音がする。
外灯も無いこの辺りには木々も立ち並び、昼でも暗い雰囲気が伺える。その木々の間に目を凝らすと木の門扉が見える。
腐り落ちた木戸、その隙間から見える荒れ放題の庭・・・・人の手が最近加わったようには見えない、門に表札も無く、ここに兄が居る可能性は薄そうだ。だけど他に何か手がかりがあるわけではない。
そう、他には何もないのだ。
この腐った門をくぐっても、何も得られない可能性のほうが高いのに、どうして俺はここまで来たのだろう?
兄の写真?
兄の言葉?
兄の残層?

「琥珀、大丈夫か?」
「うん・・・・・。」

この家、この場所に懐かしさを少しも感じることができない、不思議に思うけれど・・・隣で理人が俺の背中を擦る、彼はつくづく変わりも者だと思う。
依頼料は一応払うといったのに、聞いているのかいないのか・・・彼との話はもっぱら兄の失踪前後の話になり、こんな場所まで着いてきてくれ、そしていま隣で微かに体温を感じるこの瞬間で、ずいぶんと救われている。
変わり者だ、何が楽しくて・・・
こんな家まで・・・・。
大きな大きな家
蝉の『泣き声』が毎日聞こえていた筈なのに、今はぬるい湿気しか感じることができない。
まとわりつく、空気
みーんみんみんみんみんみんみんみんみん
ぬるいぬるい
熱い熱い
ドクン――――・・・・
目の周りにじんわり熱がたまる
熱い
『・・・・・・・・・・・ちゃん』

「琥珀!」
急激に、意識が浮上する。肩に食い込む指からの痛み・・・・。
理人に掴まれた肩が、熱い・・・。

「琥珀、少し休んでから家に行かない?」
「え?なに言ってるの?日が落ちてからじゃあ、危ない・・・・・危ないよ」
「しかしなあ・・・。」

理人はいきなり俺の眼鏡を外し、目の周りを撫でる。するりと何かが頬を滑り落ちた。

「あ・・・・?」
「やっぱり疲れてるんだろう?」

滑り落ちたものは、しょっぱい・・・・・。
瞳の奥に溜まりこんでいた。
俺の涙・・・・。
悲しかったわけじゃない、懐かしかったわけでもないけど、でも・・・・。
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by doitou | 2005-11-20 20:23 | 小説:長編
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