楼閣


些細な日記とオリジナルの和風ホラー小説の公開
by doitou
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短編

『ねえ、知ってる?あの家さぁ・・・。』
『知ってる、怖いよね~。』
『でもさ、生き残った子供、いたんでしょ?』
『引っ越しちゃったって、そりゃそうよね。』
『そうなんだ、やっぱりね。』

ひそひそひそひそ

子供だった相生翔にも、その声は届いていた。その声は親戚の家へ向かう為の列車に乗り込んでも、それが発車しても、新しい人生が幕を開けるまで、その声達は翔を離してはくれなかった。
プアーン
トンネルを抜ければ、そこから新しい人生が始まる。

「翔ちゃーん、ねえ、かけるってば!」
「へ?」
「へ?じゃないわよ、さっきの講義ノートとった?」
「あ、うん、一応」
「サンキュー借りてくね」
「あ、ちょっと美紀!・・・ん、もう」

相生翔(あいおいかける)は親戚の家に預けられ数年経ち、一人暮らしをしながら大学へ通うようになった。そこそこの友人関係と大学の講義にコンパ、週に四日バイトをして一人暮らしの家に帰る。
平均的で少し気弱な女子大生、どこにでもいる女性…。翔自身は、友人達に少々利用されようが、平凡で穏やか、生真面目に生きる事に何ら不満はない。そう、平凡が一番だ、もう子供の頃のような思いは味わいたくはないのだから。
一般的なファッション、そこそこの容姿、少し猫背だが背筋を伸ばせばそこそこ胸が目立つ、彼氏は今のところ無し。
今日も彼女は昼休みに平凡に食堂へ向かう。一人だけの弁当を作るのは面倒だから、そんな「平凡」な理由で…。

「相生」
「へ?」
「落とした」
「ああ……」

昼食の為に食堂へ向かう途中、翔は男子学生に声をかけられた。振り向くと、一人の男が、面倒そうに小さ目のペンケースを放り投げた。

「ありがとう、坂下くん」
「いや」

眼鏡をかけ直す仕草をしながら翔の横をすり抜けたのは、坂下聡史(さかしたさとし)。学部内の変わり者だ。顔は良いが、コンパに誘っても来ない、バイトもしているのかどうか・・・・。成績は良いらしいが友人関係は希薄で一匹狼、根暗なのかも知れないが、気安く話すことさえまれな彼は、平凡な人生を望む翔と、この先接点があるとはとても思えない人物である。
そして、彼の人物像は全て聞きかじりであり、翔自身も聡史に興味などなかった。

「じゃあ、今からお昼なんで……」
「ああ」

踵を返す聡史を見送るでもなく、食堂の隅へ隅へ避けながら昼食をとることにした。
(おなかすいたな…)
朝から続く空腹感に限界を感じ、ついセットメニューを頼んだ後、ウエストを触りながら後悔した。
昨日もコンパで少し飲んだのだ、控えるべきだったかもしれない。
半分まで食べ終わり、ふと顔を上げると美紀が手を振りながら近づいてくる。なにやらにやにやと笑い、翔の目の前の席に座ると、待ち切れないとばかりに口を開く。

「かける~、さっき坂下となに話してたのよ?」
「別に、ペンケース拾ってくれたの」
「え~?そんだけ?昨今少女漫画でもないよそんなの」
「別に、私、坂下君に興味ないし・・・。」
「ま、坂下ってさー、彼氏ってタイプじゃないよね、旦那はまあ良さそうかな~?あ~でもなあ出世して仕事バリバリってタイプでもなさそーだし、9時5時でそれなりに誠意尽くしてくれそうなタイプ?」
「美紀、坂下君のこと狙ってるの?」
「あたし?まっさかぁ!だって全っ然楽しくなさそうじゃん?ああいう人って何が楽しくて生きてんだろーね?」
「そこまで言わなくても・・・。」
「あ、そういえばさー知ってる?」
「な、何を?」

急激なフラッシュバックが襲う。

『ねえ、知ってる?あの家さぁ・・・』
『知ってる、怖いよね~』

ふらふらと頭が揺れる。ここが食堂で、自分が座っていた良かった……。今の状態は何処で倒れてもおかしくは無い、片手を突いて頭を支えるが、美紀の明るい顔のままで、ぴんと人差し指を立て、翔の耳元に口を寄せる。

「坂下ってさー、どっかの旧家のお坊ちゃまって噂、金あるなら多少つまんなくてもいいかな?」
「へー、お坊ちゃま……まあ、美紀は綺麗だから、オッケーするんじゃない?」
「でしょ?ねえ、賭けしようか?」
「へ?」
「1ヶ月であたしが坂下を落としたら、翔のおごりで飲み」
「落とせなかったら?」
「あたしがおごる…どお?」
「…おっけー」

フラッシュバックはどこかへ消えていった。苦笑交じりに笑いながら翔は美紀の自慢話に付き合う。自分はこういう役回りなのだ、よく色々な『自称友達』の自慢めいた愚痴や愚痴の皮をかぶった自慢を聞かされる。
そして内心ほくそえむ自分を、少し性格が悪いとも思っていた。
美紀は確かにそこそこ綺麗だが、自称友達の中で一番の美人、こずえが先日聡史にふられた『愚痴』を聞いたばかりである。
(こずえと美紀じゃあ、明らかにレベルが違う・・・。)
しかし、性格的に似たタイプの二人であるから、性格面で聡史が美紀になびくとは思えず、この勝負、最初から翔には結果が見えていた。
(ごめんね美紀、奢りは居酒屋で勘弁しておいてあげるから)
心の中で舌を出し、笑顔で自慢を聞きつづける翔、そこには普通の大学生が居るだけだった。

「相生」
「あ、坂下君…。」

美紀が次の講義をさぼると言い出し、翔は教室に一人で向かう途中、先程までの噂話の人物に声をかけられた。
(坂下君?まだ何か?)

「お前さ、昔田舎で……」
「え!?」

ドクン
ドクン
ドクン
(何を知っているの?)
『ねえ、知ってる?あの家さぁ…』
『知ってる、怖いよね~』
『でもさ、生き残った子供、いたんでしょ?』
『引っ越しちゃったって、そりゃそうよね』
『そうなんだ、やっぱりね
「…あ、やっぱりいい」
「待って!」
(何を?私はもう平凡な人生を歩むって決めたのよ!)
「田舎が、どう…したの?」
「いや……いいよ、俺の勘違いだ」
(まって!)
「そんなぁ、途中で止めたら気になるよ、坂下君、お願い、何?」
「…相生の田舎ってY県?」
「うん、ねえ、そんな小出しにしないで」

止まらなかった。翔は絶対に聞きたくないと思っていたはずだというのに、聡史が何かを知っている、そう思うと翔はいつに無く饒舌になり、大人しい気弱な女子大生ではなく、必死に取りすがる。そんな翔に聡史の方は微かに動揺していた。気弱で下を向いてばかりだが、柔らかそうな微笑が魅力的な女性だとばかり思っていたのだ。

「相生?」
「あ、ごめんなさい…田舎で少し嫌な事が…あって、知られてるの……いやなの」
「ああ…」

納得した、とばかりに頷いて聡史は笑った。
翔は今まで見たことが無かったが、綺麗な顔が笑顔になる瞬間はとても美しく、不安だったフラッシュバックもまったく起こらない。

「違うよ、俺の田舎で似た人を見たことあったから、ひょっとして相生じゃないかと思っただけ、それだけ」
「そうなんだ…あ、ひょっとして山の麓にあった、おっきい家?」
「そう、それ!やっぱり相生だったんだ、あの女の子」
「うん、気づいたら言ってくれたら良かったのに」
「そうだな…いや、なんとなく、声がかけられなくて、俺、夏休みしかあそこ行かなかったから…いつからか見なくなって、引っ越したんだろうなーって」
「うん、高校にあがる少し前にね」
(なんだ…)

ほうっと盛大に息を吐き、翔は胸を撫で下ろした。確かに田舎には大きな家があった。地主か何かだろう、広い敷地に何人もの人が犇いて、子供心にわくわくしたものだ。
(そういえば…坂下君笑うと子供っぽくてかわいいのね)
目の前で田舎話に花を咲かせる聡史は、普段の変わり者の噂はどこへやら、気さくで少し子供のような雰囲気へ変わっていた。普段からこの調子であれば、友達も増えるだろうに、しかしバイトをしていないのは納得できた。家が裕福であれば一々そんな事をする必要もない。

「そういえば、相生が引っ越した年って変な事件あったんだってね」
「そうなのよ……」
(田舎だったら、噂に上るのも早い)
「あ、ごめん、思い出したくなかった?」
「ううん、ねえ坂下君お酒飲める?今日さ、うちで飲まない?田舎話、肴に、ね?」
「いいよ」
「場所はね…いいや、今から行こう、私お腹すきすぎだし」
「いいの?」
「うん、でも美紀に見つかったらやばいから、こっそり、ね。あのこ坂下君狙ってるみたいだから」
「了解」
(講義さぼるなんて初めて…。)
笑顔が絶えず、乗り気な聡史の手を引き、大学近くのアパートまで手を繋いで歩く。ひょっとして、二人のどちらかが一歩踏み出していれば、子供の頃に同じことをしていたかもしれない。
手を繋いで、翔の家まで一緒に歩く…。そんな事を…。

「坂下君、顔赤いよ」
「相生こそ…。」
「でも意外、結構のめるんだね~」
「まあね、相生は食うほうだな、さっきもセット平らげてたし」
「あー、乙女の秘密を見たわね」
「悪い悪い」

平凡で慎ましく生きる事を望む翔にとって、異性を部屋に招き入れるのは生まれて初めての経験、という訳ではないが、珍しいことだった。
あまり深い仲になって、根掘り葉掘り聞かれたくないのが本音であったし、これといって心底愛せる男とも出会わなかった。
友達数人で騒ぐことはあっても、差し向かいで飲むのは、初めてだ。
だが、田舎の話で盛り上がるうち、聡史と翔は段々心の距離が縮まり、体の距離も縮まってきた。
不意に抱きしめられた肩、その手を払う事もせず、翔は聡史の肩に頭を乗せて仄かな酔いを堪能した。
綺麗で、引き締まった体に包まれていると安心できた。甘えるように額をこすり付ければ、抱く腕はさらに強くなる。
暫くそんな可愛らしい時間を過ごしたとき、ぽつり、と聡史が口を開いた。

「なあ、相生なんで引っ越したんだ?」

そうじゃなければ、あの後の夏休みも会えたのに、言外にそう含ませて翔の額に軽く唇を落とす。

「あの時の事は思い出すと、気が滅入るわ。」
「そんなに辛い事件だったんだ…。」
「目の前がね、血に染まったの、みんなみんな食べられて、それで…。」
「相生、いいよ言わなくて。」
「私、それから平穏に生きようって決めたの、誰にも迷惑をかけない代わりに、誰にも迷惑をかけられずに生きたいって。田舎でのハブは耐えられないから…。」
「大丈夫だよ、俺はそんなこと思わないから…。」
「ありがとう。いい人ね、坂下君、それに綺麗だし…美紀がモノにしようとしてるの、分かるなあ。」
「よせよ、あんな女の話。」

酒の勢いも手伝って、翔は向かってくる聡史の唇を拒まなかった。酒のせいで火照った唇に押し付けられる、甘い柔らかさ…。

「っ…。」
「なのにさぁ、あなたが悪いの、昔の私を知ってる上に…。」
「あ、ぃお…。」

引き千切られた舌から、ごぼごぼと血が流れ喉を埋め尽くす。綺麗な顔は紙のように蒼白。翔はもう一度口付けると、喉を鳴らして聡史の唇を吸った。

「なのに、そんなおいしそうな顔で近づくんだもん、我慢できなくなっちゃった。」
「あ…ぁ。」
「本当に辛かったの、お腹がすいてすいて…、折角両親が食べていいよって言ってくれたのに、我慢できなくてずいぶん食い散らかしちゃった。近所の人には私が悲劇のヒロイン扱いだから、言えなくて…。」
「…あ。」
「坂下君は、綺麗に残さず食べるね。お酒も入って柔らかくなってるから、大丈夫よね。」

ふうっと息を吐き出すと、まだ動いている聡史の喉を掻き切り、血をボウルに溜める。子供の頃は料理ができなくて生のまま食べていたけれど、この年になったらそれなりの料理はできないといけない。
(明日料理の本を買って帰ろう。お肉は冷凍保存の方がいいのかしら?)
細かく切り刻んで、小分けにラップで包みながらぼんやり考えた。
鬼が住む田舎。祖父は祖母を食べ父は祖母を食べた。母は食べる事がなかったから父は母を食べようとした。
柔らかい脂肪に包まれた母の肉は、とても美味そうで。噛み付くと二人とも喜んでくれた。

『翔もとうとう大人になったか!』
『いや!翔、あなたも何を考えているの!?いやああああああ!』

聡史も喜んで体を提供してくれた。これからは料理に励もう。

「ねー、最近坂下君みないよねー、やめちゃったのかなあ?」
「どうだろうね?」
「つまんなーい、あ、翔って料理すんの?」
「うん、最近こってるんだ。」
「まー翔は料理くらい出来ないとねー、大人しい女は尽くさないとさー。」
「うふふ…。」
「翔?」

「相生さん最近綺麗になったよねー。」
「ほんと肌もいい感じじゃない?どこの使ってんの~?」
「男できたんでしょ、教えろ~。」
「そんなんじゃないわよ。」
「あれ?翔ってさあ、前からそんな色っぽかったっけ?」
「やだぁ、私は初めから私よ。」
「そうだよねー。」

「ただいま~。坂下君、今日ねー皆が綺麗になった言ってくれたの、坂下君のおかげね♪じゃ、お夕飯何にしようか?昨日はミンチにしてハンバーグだったし、今日はすこーしヘルシーに肉じゃがにしよっか?あ、肉じゃが好き?じゃあ、はりきっちゃおー♪まっててね。」


嬉しそうに料理に励む翔の姿は、傍目にも生き生きと映った。少しだけ残した皮と骨を使って出来た、小さな聡史は喋ることもなく食卓の上で今日の料理を待っている。
薄くスライスされた、自分の肉を貪ってどんどん美しくなる女を見つめながら。


「おいし~♪私才能有るかも~♪ねぇねぇ、今度は何が食べたい?え?なすベーコン?ベーコンは燻製にしなきゃいけないから面倒だな~」

かちゃかちゃと擦れ合う食器の音さえ軽やかに、もう翔は何も迷わなかった。

(これからは自分らしく生きなくちゃ)

「じゃあ、坂下君いってきまーす、お肉「狩ってくる」から大人しく待っててね♪」
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by doitou | 2005-11-20 20:54
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